幻の憲法

横田夫妻に残酷だった「救う会」

横田夫妻に残酷だった「救う会」

by聯合艦隊

形骸化する救出運動  

今年で、金正日が日本人拉致事件を認めて7年、横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたのが公に明らかにされて12年が経つ。それなのに拉致被害者は一向に救出されない。一方、拉致被害者の救出運動は当初の理念を見失っている傾向にある。集会に参加する人の数は年々減っているという。残念ながら、救出運動は官僚化、形骸化していることは否めない。

救出運動が形骸化していることについて、その要因は政府と一体化しているからだとの意見がある。それは正しい。だが、本当にそれだけなのだろうか。救出運動形骸化の真の原因は政府との一体化よりも、朝鮮人と一体化した方にこそ原因があるのではないだろうか。

在日の真実の歴史  

多くの罪もない日本人を拉致しているのが北朝鮮である。北朝鮮は日本人拉致事件以外にも、ミサイル発射、覚醒剤の散布等、我が国の安全保障を脅かす存在である。その北朝鮮の国籍を持つ人間が我が国にいる。それが在日朝鮮人である。では、在日朝鮮人とは一体如何なる存在なのか。

大東亜戦争で日本が敗北し、日本にはアメリカを始めとする連合国軍が駐屯してきた。虎の威を借りる狐と言う諺があるが、これに相応しい行為をしたのが他ならぬ朝鮮人である。朝鮮人達は連合国軍の権威の許で「駐屯軍」と称し、多くの罪無き日本人に対して略奪、暴行、強姦と言った犯罪を行い、更には闇市を牛耳り、一等地を占拠する等、暴利を貪った。「三国人」なる言葉はこの時に生まれた単語であり、本来は朝鮮人に対する恐怖を意味していたのである。この朝鮮人への暴虐に対して結成されたのが、山口組を始めとするヤクザなのだ。

巨利を占めた朝鮮人は、そのまま日本に居座った。これが在日朝鮮人の始まりである。従って、在日は、強制されて来たのではなく、勝手にやって来て居座った存在なのだ。明らかに「不法滞在」だが、朝鮮人は臆することなく今日までそのまま「滞在」しているのだ。

やがて、在日は一種のコロニーとも言える存在を作り上げる。それが朝鮮総連であり、民団である。総連や民団は不当で集めた金で政治・司法・マスコミへの様々な工作を行い、自らの多額の特権を引き出した。パチンコ利権、在日の公務員採用、朝鮮人学校の国公立大学入学許可等数え切れない。また、在日が刑事事件を犯しても警察に圧力を掛け、多くの日本人が泣き寝入りすることになった。それ以外にも多くの在日は日本人に成り済まして悪事に手を染め(オウム真理教がその代表)、朝鮮人強制連行のでっち上げを始めとする歴史歪曲に代表されるような反日活動を長年に渡って行ってきたのだ。日本人拉致事件が明らかになっても、在日は自らの行為を詫びるどころか、もっと権利をよこせと叫んでいるのだ。在日に対して日本人が「偏見」を持つのも至極当然と言えよう。

反日マスコミに匹敵する「救う会」の冷酷非情さ  

ところが、「救う会」は、拉致被害者救出のために、その在日との連携を深めようとしたのだ。狂気の沙汰としか言いようがない。果たして、「救う会」主導の拉致被害者家族と在日の合同集会で、在日は自らの過去の悪行を悔いるどころが、「私達は被害者」などと暴言を吐いたのである。何を言わんかである。半世紀にも渡り罪無き日本人に対して危害を加えておきながら被害者とは呆れて物が言えない。「在日朝鮮人も被害者」などと言う連中がいるが、これは「加害者も被害者」と言うに等しい行為である。

「救う会」によって在日との集会に出席させられた拉致被害者家族、特に横田夫妻の心情は如何なるものだったのか。横田夫妻は最愛の娘を朝鮮人によって拉致されて無理矢理結婚させられ、救出運動に携わっている際には、朝鮮人学校生から罵声を浴びせられ生卵を投げつけられたと言う。その朝鮮人と一緒に「共闘」させられることになった横田夫妻の心理的・精神的苦痛に心が痛むとともに、「救う会」の無神経さには怒りを通り越して呆れるだけである。

「救う会」が在日とともに連携に熱心なのが韓国である。その韓国とは如何なる存在なのか。韓国は我が国固有の領土であった竹島を不法に占領し、日本人漁船を多数拿捕・殺害し、対島への領有権を主張して侵略を進める等、その反日姿勢は北朝鮮に劣るものではない。そのことは激論ムックからの『猟奇的な韓国』に詳しく書かれているが、反日姿勢に最も熱心なのが「救う会」が連携を進めようとしている韓国の保守派である。と言うよりも、韓国では反日は左翼よりも保守の方が本家本元なのだ。在日、南北、左右を問わず、反日と言う点では朝鮮人は皆同じなのだ。「救う会」はそのことが全く分かっていないのである。

横田めぐみさんの結婚相手である韓国人拉致被害者金某について、日本のマスコミは彼も横田さんと境遇は同じと言った。それに対して、高山正之は『モンスター新聞が日本を滅ぼす』で、「金某はあくまでも同じ朝鮮人である。しかし、横田めぐみさんは日本人であり、朝鮮人と結婚するために生まれたのではない。横田御夫妻の表情にはそのことを伺わせる苦痛の表情が見えたが、日本のマスコミは横田御夫妻の苦痛が分かっていない」と日本のマスコミの冷酷ぶりを糾弾していたが、横田御夫妻を朝鮮人と「共闘」させようとする「救う会」の冷酷非情さも反日マスコミに匹敵するものである。否、それ以上ではないのか。

何故、チベット人・ウイグル人との連携を深めようとしないのか  

ところで、昨年は北京オリンピック開催を機に、中共の圧政下に置かれていたチベット人やウイグル人は独立を求めて蜂起した。そんな最中、チベットのダライ=ラマ法王が日本を訪れて記者会見を行っている。これを見た竹本忠雄は、若し、ダライ=ラマ法王の横に横田御夫妻の姿があればと述べていた。
よくよく考えてみれば、拉致被害者家族もチベット人・ウイグル人も共産主義という悪魔の宗教の被害者ではないのか。しかもチベット人・ウイグル人を弾圧する中共と日本人を多数拉致した北朝鮮は隣国同士で、血統的にも兄弟である。救出運動に関しては寧、チベット人・ウイグル人との連携を深めるべきではなかったのか。

事実、チベット人・ウイグル人を支持するグループは世界各国に存在し、各国の著名人にも支援者が多い。俳優のリチャード・ギアがその代表であり、イギリスのチャールズ皇太子がダライ=ラマ法王との親交が深いことも有名である。
以上のことから、救出運動は朝鮮人よりもチベット人・ウイグル人と連携を深めた方が遥かに効果があることは一目瞭然である。それなのに、「救う会」はチベット人・ウイグル人との連携を行おうとはせず、朝鮮人との連携をひたすら深めようとする。その神経が理解出来ない。「救う会」の背後にあるものは一体何なのか?それを以下に論じていこう。

「救う会」の原点「支那通」  

「心ある在日朝鮮人は必ずいる」、これと全く同じことを言った人物がいた。幣原喜重郎である。大陸で多くの日本人が支那人からの排斥に遭っている報が日本に届けられた時に、幣原は「心ある支那人」は必ずいると述べ、日本人に自重を求め、支那に融和的な態度を取り、連携を深めようとした。

幣原に限らず、当時の日本では支那との連携を深めようとしたものがいた。それを「支那通」と呼ぶ。「支那通」とは今日の外務省チャイナスクールの原点とも言える存在で、戦前の日本の外務省・軍部に多数存在していた。

「支那通」の考えはこうだ。支那は欧米列強からの植民地被害に晒されている。日本は支那を欧米列強の手から救い出し、そして支那と手を携えて欧米列強の植民地下にあるアジア諸国を解放していこうと。

もうお気付きだとは思うが、「救う会」の考えていることは「支那通」と瓜二つである。「救う会」も金王朝の支配下にある北の民衆を救い出し、朝鮮半島が平和的に統一され、共に手を携えていくことを目的としているのである。

「支那通」の心、否、故郷は完全に支那にあり、日本人がどれだけ排斥されようとも、ひたすら支那人を援助してきた。要するに自国民よりも支那への支援を優先してきたのである。他方、「救う会」はどうか。佐藤勝己にせよ西岡力にせよ、その心は朝鮮にあり、日本人が幾ら朝鮮人から危害を加えられようとも、ひたすら朝鮮との連携を進めようとした。と言うよりも「救う会」は日本人拉致被害者の救出よりも朝鮮人を救い出す方が熱心なのではないかとさえ思えてくる。要するに「救う会」と「支那通」には、自国民よりも己の願望のために他国民に尽くすという共通点があるのだ。

どれだけ痛めつけられても、ひたすら自分達に尽くす支那通の行動に支那人達は感謝し、尊敬を抱いたか。否である。支那人は、日本人恐れるに足らずと軽蔑感を深め、排斥・テロ活動を次第にエスカレートさせ、最終的に満洲・支那両事変の悲劇に至ったのだ。「救う会」は嘗ての「支那通」と全く同じ過ちを犯しているのである。

日本を滅ぼし、今も蝕む「似非アジア主義」  

「救う会」と「支那通」に共通するものは何か。保守の間では、それを「アジア主義」と即答する者が多い。一件正しいように見えるが、それは間違っている。何故なら、支那は欧米列強の同盟者且つ傀儡だったからである。

欧米列強はアジア植民地を効率良く支配する為に、混血児と共に華僑を官吏に積極的に登用した。欧米の威を借りた架橋は政治・経済・教育を牛耳り、アジア人民から収奪の限りを尽くして甘い汁を吸い続けていたのである。欧米列強は華僑ばかりではなく支那本土にも連携を求めた。急速に力を伸ばした日本に対する同盟者として支那を選んだのである。特に、筋金入りの反君主制主義者であったアメリカ大統領ウィルソンは、君主制を廃止した支那を最大のパートナーと見做し、自らが創始したプリンストン大学に大量の支那人留学生を招いたのである。「アジアの王道」を唱えた孫文も、最初にアメリカ、次にソヴィエトから援助を受け入れる等、所詮は欧米の「犬」に過ぎなかった。大東亜戦争の時にも、_汪兆銘政権を除き_国民党、共産党を問わず、支那は欧米側として戦ったのである。また、東南アジアの共産系華僑ゲリラは欧米諸国から武器を受け取り、テロ活動を頻繁に行った。現在、東南アジアに多数存在する反日博物館は華僑が作ったものなのである。

戦後、独立した東南アジア諸国が、王制、共和制、共産主義を問わず、真っ先に行ったのが欧米の手先であった華僑の排除であった。平成18年にタイで起きた軍事クーデターも、国内を牛耳る華僑に対するタイ人の独立戦争だったのである(タクシンは華僑出身)。従って、「アジア主義」の立場からしても支那と手を組むことは間違っていたのである。

一方の朝鮮はどうか。アジア人民は支那人と並んで朝鮮人も大嫌いである。東南アジアからは多数の労働者が韓国に出稼ぎに行っているが、それに対して朝鮮人は虐待、差別、強姦といった対応で応じているのだ。他にも、東南アジアに旅行に来る朝鮮人のマナーの悪さに人々は眉を潜めている。

アジア人民の共通の敵である支那・朝鮮と手を結びながら「アジア主義」を唱える姿勢を、偽りの「アジア主義」、即ち、「似非アジア主義」と呼ぶ。この「似非アジア主義」こそが戦前の日本を蝕み、戦後の日本でも左右を問わず浸透しているのだ(その代表が司馬遼太郎)。その「似非アジア主義」に最も汚染された一つが「救う会」だったのである。

福沢諭吉の爪の垢を煎じて飲め!  

この様な、「似非アジア主義」に対して警告を発した者がいた。福沢諭吉である。福沢は、支那・朝鮮との手を結ぶことの愚かさを説き、距離を置くようにと警告した。だが、当時の日本は福沢の警告に耳を傾けなかった。

李王朝下の朝鮮は悲惨を超えており、人間は言うに及ばず犬畜生ですら住みたがらない所であった。その地に日本は近代インフラを設備し、朝鮮人が人間らしく住めるようにした。その顛末が冒頭の悲劇に繋がったのである。「救う会」の「金王朝下の圧政に置かれている人々も救わなければならない」と言う意見は、戦前の日本が犯した過ちを繰り返すことになる。金王朝の支配体制は李王朝のをコピーしたに過ぎないからだ。

「救う会」は、嘗ての幣原や「支那通」と己を重ね合わせて猛省すべきである。そして福沢諭吉の爪の垢を煎じて飲むべきであろう。

バス出発時刻表
山の上駅行き10:00自由席
11:00
12:00座席指定
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14:00
15:00自由席
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