幻の憲法

六十烈士顕彰の碑訪問記

六十烈士顕彰の碑訪問記  

万景峰号の入港を阻止する会の皆様、お邪魔いたします。
私、戦史資料館のページから来ました、戦史資料館応援団です。
つたない文章ですが、彼等の命日を期しての慰霊と思ってお読みいただければ幸いです。

六十烈士顕彰の碑訪問記  

久保山霊園へ                

平成17年9月24日、横浜は久保山霊園に行く機会を得た。
と言うのは、大東亜戦争戦史保存会会長林多喜夫氏が亡くなり、その葬儀に出席したが、その葬儀式場が、たまたま久保山の小西斎場であったのだ。
知らなかったのだが、前日、横浜在住の友人と電話する機会があり、そこが、東条英機首相など、いわゆるA級戦犯として処刑された方々を荼毘に付した場所であることを教えてもらった。慰霊碑もあるとの事、参拝に行かずばなるまいと、早めに到着できるよう予定を組んだ。

タクシーの運転手は物知りだ  

保土ヶ谷駅からタクシーに乗り、運転手さんに行き先をつげ「久保山の霊園には、東条閣下の慰霊碑があるそうだが・・・」と聞いてみた。
「ああ、あったんですがね、工事をしたんで、今はどうかな。なくなることはないと思うんだが・・・」と、頼りない返事。でも話し好きらしく「あそこで東条さんを荼毘に付したんですよ。東京じゃ、右翼なんかが騒ぐから焼けなかったんでしょうな。だから夜中に横浜まで運んで焼いたんでしょう。私も知ってますよ。この辺、皆立ち入り禁止で、バリケードだらけでしたよ。夜中の十二時から焼いたんだ」
確かに歳は私よりだいぶ上、七十近いだろうか。知っているといっても、子供のときの記憶か、何度も聞いて、自分の経験になりきってしまっているのか、・・・。

小西斎場までは、十分ぐらいで着いた。その間も話は続く。
「その時東条さんを焼いたおんぼやきがですよ、GHQの隙をうかがって骨をちょっぴり盗んだんですな。それで墓を作ったんですよ。ほとんどの骨は粉にして、飛行機から撒いたんですよ」
「お前、見てたんかよ」と合いの手を入れたくなるほどの、なかなかの講釈であった。

いよいよ慰霊碑に・・・  

小西斎場で栗林戦争博物館館長に挨拶し、すぐ前の門の守衛に慰霊碑について聞いてみた。「ここは火葬場ですからねぇ。慰霊碑はありません。あるとすれば霊園でしょう。ほら、そこの白い建物。あすこで聞けば分かりますよ」

たしかに火葬場には慰霊碑はないだろう。守衛さんの指差した建物に行ってみた。そこは、霊園の管理事務所だった。入って聞いてみると「向かいの門を入って左側にあります」との事。秋雨がシトシト降る中を歩いて道を渡ると「光明寺」というお寺。山門をくぐって左側に三つ、大きな石碑が並んでいた。その真ん中が目指す石碑だった。

『六十烈士顕彰碑』と、大書してある。脇の「顕彰記」には『この碑は天をも畏れぬ赦しがたき不法な極東軍事裁判の結果、巣鴨刑務所で極刑死せられ、当地久保山で荼毘に付された東条首相以下六十名の忠魂碑である』との書き出しで、碑建設と慰霊の歴史について書いてある。さらに、碑の裏に彼らの氏名を処刑順に記してある旨が『郷友連盟神奈川県支部』の名で記してある。

裏に廻ってみると『列記の諸士は大東亜戦争において盡忠報国の誠を貫きたるに拘わらず旧敵国の一方的裁判により巣鴨において極刑を受けられたり。本会は深くこれを悼み、諸士を此地に合祀して忠霊を慰めかつその遺功を後世に伝えんことを誓う』として、階級氏名が列挙してある。首相東条英機は元より、松井石根、板垣征四郎、首相広田弘毅など、知っている名前、聞いたことがある名前も見えるが、ほとんどは知らない名前である。階級も、大将、中将などのほか、軍属、伍長、上等兵曹、一等兵曹もある。

郷友連盟神奈川県支部の皆さん、ありがとう  

このような立派な碑があることを、今まで知らなかったことを恥じた。
この碑を作り、慰霊祭を執り行ってきた郷友連および有志の方々に感謝しつつ祈りをささげ、降るとも見えない雨の中、碑を後にした。

思えば当時、敵国であったアメリカが、一番憎んだのは『立派な日本人、指導者たる日本人』であったろう。一般の日本人は労働力として生かしておき、指導者の地位に、マッカーサーは着く必要があったのだから・・・。
アメリカからA級戦犯との汚名を着せられたということは、『立派な日本人』であった証である。あの当時、アメリカから褒められた日本人がいたとしたら、それは日本人からみて『裏切り者・売国奴』と言うべきであろう。
泥棒から憎まれる警察官こそ、立派な警察官であり、泥棒に褒められる警察官は、ろくでもない警察官であるのと同じことだ。

今の時代でいうなら、北朝鮮に褒められる政治家、中国に愛される政治家は、日本にとって『けしからん政治家・売国政治家』である。
『北朝鮮』の代りに『朝日新聞』や『赤旗』を入れてもいいし、『政治家』の変わりに『マスコミ』『評論家』を入れてもよい。東アジア諸国に嫌われるような政治家やマスコミは、いい政治家・マスコミである。

東条閣下からのご下命あり  

話は飛んでしまったが、六十年前、このような立派な日本人六十名がいたことを、私は誇りに思う。彼らを顕彰せずにいられようか。彼らのおかげで、今の日本の繁栄と平和があるのである。
偉大な足跡を残された林氏が、東条閣下と同じ地で荼毘に付されたのも何かの縁、普通は電話などすることもない横浜の友人と、たまたま電話で話すめぐり合わせになったのも縁、東条閣下が私に「ちょっと用があるから、顔を出せよ」と呼びかけたのではないだろうか。

閣下、御用はしっかり承りました。お任せください。必ずや、任務遂行いたします。

平成17年9月25日01:10                    

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